チーム対チームが直接入り乱れて対峙するゴール型球技の試合は、プレイヤーが相互に自チームのゲーム構想の実現と相手チームのゲーム構想の破壊を志向しながら攻防を展開する。両チームがそれぞれ協力の質を高めて一つの生き物のように振る舞う様は、構成要素であるプレイヤー間の関係性によってチームという層の性質が創発されるまさに非線形な複雑系の現象であり、部分と部分の単純な総和が一つの全体となるような機械論的思考で解釈することには限界がある。
23歳の大学院修士課程入学と同時にバスケットボールのコーチングを始めてから30年以上の月日が流れ、今年57歳を迎えた。ゴール型球技のコーチングにおいては、事前計画である理論としての戦術を準備することと、その戦術を効果的に遂行する戦術達成力を養成することが不可欠である。
戦術の準備においては、自チームの強みの最大化と弱みの最小化を図るためには、if…then…A, else…B…で表現されるフローチャートを用いたプログラミングの視点が極めて有効であった。しかし、対敵を前提とした球技においては、事前の計画性を高めることが必ずしもそのまま戦術達成力の向上に繋がるとは限らない。事前の計画性を高めれば高めるほど、状況に応じた臨機応変な戦術行動ができなくなるというジレンマに陥るのだ。5人の動きを事前にプログラミングすることの限界はすぐに訪れた。
指導を始めた1990年代は、中川文一氏が率いる女子日本代表が、フリーランスオフェンスと呼ばれる事前の計画性よりも状況に応じた即興性を重要視する攻撃スタイルを採用していた。若気の至りで「自分もフリーランスをやろう!」と意気込んではみたものの、目の前に現れるプレーは無秩序の極みであり混乱、まさにカオスであった。
そんな時に、ボイド(Boids)に出会った。Bird-oid(鳥っぽい)の造語である。Boidsとは、
①Separation:近くのボイドに近づき過ぎたらぶつからないように距離をとる規則
②Alignment:近くのボイドと移動スピードや方向を合わせようとする規則
③Cohesion:近くのボイドの中心に向かうようにする規則
という3つの簡単なルールを設定するだけで、事前のプログラムがなくても群(むれ)としての複雑な動きをPC上で再現できるプログラムである。衝撃的だった。画面上を複雑に動き回る群れはまさに「生き物」のように振る舞っていた。これはまさに1996年アトランタオリンピックを戦った女子日本代表のフリーランスオフェンスではないか!と直感的に感じた。それ以来30年近く、5人のプレイヤーの即興性を高めるための3つのルールは空間・時間・関係性に関するルールなのではないか?と仮説を立て、試行錯誤を繰り返してきた。Boids programは、鳥の群れや魚の群れの動きをコンピュータグラフィックスで再現するための基礎となっているが、上述の3つのルールに目的や敵、あるいは非同期性(異質性)を加えることによって、より実際の群れに近い動きになることが確認されているので、期待値の高いシュートを打つ、数的優位をつくるといった攻撃の目的や、自由に1対1の攻撃を仕掛けていいいプレイヤーを加えることによって、よりバスケットボールの戦術的思考に近づくんじゃないか?と試行錯誤を次の段階に進めている。
構成要素の性質ではなく、構成要素間の関係性に着目して全体の性質を理解する複雑系科学の視点は、今後の球技のコーチング論に大きな変化をもたらすと考えている。事前に計画されたプログラムに従って動く戦術行動から、臨機応変に動きを自己組織化させる戦術行動へとチームを進化させるための道筋を見つけたい。
球技のチームにおける拘束と創発の双方向性
坂井和明(2011)私の考えるコーチング論:球技のコーチング.コーチング学研究, 第25巻, 第1号, 7-11.
坂井 和明(さかい かずあき)
博士(体育科学)、武庫川女子大学健康・スポーツ科学部教授、武庫川女子大学バスケットボール部部長・監督、日本スポーツ協会公認バスケットボールコーチ4、日本バスケットボール協会公認A級コーチ、2007体育学会学会賞、2001体育学会奨励賞