先日、投稿を予定している共同研究論文の英文校正を、英文校正会社に依頼したところ、論文タイトルに「observational/retrospective study」と加筆した方がよいのでは、というコメントが付記されていました。これはなんですか?とgoogle先生にお伺いして、初めてリサーチデザインに、そのような分類方法があることを知りました。今まで、そのような分類に触れたことが無く、触れたとしても、論文タイトルにまで明記することがあるとは、思ってもいませんでした。まあ、論文タイトルにまで書くことは無いとしても、観察的/後ろ向き研究と実験的/前向き研究があることを知っておいて、損はないように思いました(自戒の念を込めて)。観察的/後ろ向き研究と実験的/前向き研究は、科学研究の方法論において異なるアプローチを指すようです。
【観察的/後ろ向き研究】
観察的/後ろ向き研究は、過去のデータや記録に基づいて、特定の現象や結果とその原因との関係を分析する研究方法です。このタイプの研究では、研究者は介入を行わず、既に存在するデータを収集し分析することになります。
例えば、コーチや研究者が、特定のトレーニング方法(含むコーチング方法)がアスリートのパフォーマンスにどのように影響したかを調べたいと考えていたとします。彼らは過去数年間のトレーニングログ、試合の結果、選手の体調記録などのデータを収集します。そのデータを分析することで、特定のトレーニング手法(例えば、高地トレーニング)が選手の持久力やパフォーマンス向上に有効だったかどうかを後ろ向きに分析、評価することになります。
【実験的/前向き研究】
実験的/前向き研究では、研究者が特定の条件や介入を計画的に設定し、それが参加者に与える影響を前向きに、つまり介入後に観察(分析)することになります。このタイプの研究では、研究者が実験の条件をコントロールし、介入の前後でデータを収集して分析することが多くなります。
例えば、コーチや研究者が新しいトレーニング方法の効果を評価したいと考えていたとします。彼らはアスリートを二つのグループに分け、一方には従来のトレーニング方法を、もう一方には新しいトレーニング方法を実施します。プログラム実施前後でアスリートのパフォーマンスを評価し、新しいトレーニング方法の有効性を前向きに分析、評価することになります。
このように、観察的/後ろ向き研究と実験的/前向き研究は、それぞれ異なる状況や目的に応じて選択される研究方法であり、スポーツコーチングにおいても、これらの研究方法を意識的,かつ適切に用いることで、トレーニング手法やコーチング手法の科学的根拠を構築し易くなり、より,アスリートのパフォーマンス向上に寄与することができると思われます。ただ、トレーニング手法やコーチング手法の研究において、効果が劣ると推測されるプログラムのグループを作成することは、研究倫理的にも問題があり、研究協力者等に不利益が無いように、研究全体をデザインする必要があると考えられます。これまで、コーチング学の領域では、観察的/後ろ向き研究を中心に発展してきたように感じられますが、より明確なエビデンスが求められる時代の流れにより、介入を伴う、実験的/前向き研究も、活用されていくのではないでしょうか。
浅井 武(あさい たけし)
環太平洋大学体育学部教授、筑波大学体育系名誉教授(工学博士)
スポーツ科学・技術領域において、国際研究プロジェクトやスポーツ関連企業との共同研究、全国指導者講習会講師など多岐にわたる活動をおこない、スポーツサイエンスやスポーツコーチングの普及・発展に尽力する。
元筑波大学男子蹴球部・女子サッカー部部長、日本機械学会フェロー、元日本フットボール学会会長。
著書に「サッカー ファンタジスタの科学(光文社新書)」、「見方が変わるサッカーサイエンス(岩波科学ライブラリー)」「サッカー神業フリーキック、シュート&パスが蹴れるようになる本(マイナビ出版)」等がある。