体育・スポーツの指導実践は、競技スポーツと並んで、生涯スポーツあるいは体育授業においても行われます。「勝ち負けやできるできないにこだわらない」指導の経験から、仲間との信頼関係、安心して失敗のできる場や雰囲気が大切であることに気付かされました。さらに、競わない体育・スポーツ領域だからこそ「できないをできるにする」コーチングの重要性を感じています。
「できないから運動したくない」学生
私のコーチングの始まりは、理工系学生を対象とした大学体育です。体育授業に嫌悪感を抱いている学生に対して、体育・スポーツの楽しさや、教養教育としての体育科目の重要性をいかに理解させるのかが私の大きな課題でした。指導実践のヒントになったのは「競技スポーツ」「生涯スポーツ」という両者の考え方です。競技力向上を目指す部活動の場面では、できないから練習をするし、できない自分をコーチ・仲間に見てもらうことで技能を高めていきます。一方、体育の場面では、できないから運動したくない、できない自分を笑われるのが恥ずかしいなどの理由で、運動すること自体を拒む学生が多くいます。当時、学校体育に「体ほぐしの運動」が導入され、心と体に目を向けた体育指導が脚光を浴びた時期と重なったこともあり、「仲間との信頼関係」や「安心して失敗のできる場や雰囲気」が、私の指導実践のテーマになり、それは現在も継続しています。
笑顔や笑いは失敗の場面に生まれる
大学授業の指導経験から気付いたことがあります。運動課題が成功したとき、学生は嬉しそうで、笑顔があります。一方、失敗したりうまくいかなかったりしたときにも笑顔があり、笑い声さえ聞こえます。失敗を楽しんでいるかのようにも見えます。「できないから運動したくない」と思っている学生を、「やってみたけどできなかった」という行動に変えられる場づくり、うまくいかなかったときに起こるハプニングを許容し楽しめる雰囲気づくり、これらは競わない体育・スポーツ領域に求められるコーチングではないでしょうか。
競わない領域だからこそ求められるコーチング
私は現在も、理工系学生の授業とともに、体育学部学生を対象とした「体つくり運動」の授業を担当しています。「できるできないに関わらず、まずやってみよう」という授業展開だからこそ「できないことにチャレンジする学生」に多々遭遇します。なぜできないのか、どうしたらできるようになるのか、共感的運動観察能力が試されることになります。競わない体育・スポーツという領域、体を動かす楽しさや心地よさを味わう領域だからこそ「できないをできるにする」コーチングが求められます。
本学会の科学的研究の成果が、競わない体育・スポーツ領域も含めた、幅広いコーチング現場で活用されることを今後も期待したいと思います。
大塚 隆 ( おおつか たかし )博士
日本コーチング学会学会大会委員長、東海大学体育学部教授、東海大学ラート部部長