コーチング学会の国際的視点

日本コーチング学会理事・国際委員長
野村 照夫

· コーチング学にのぞむ,コーチングの今,国際化

2023年より、本学会に国際委員会が設置された。これまで、個人的に展開されてきた国際連携や情報収集を、一層組織的に行うことを目指して、新たな価値創造が期待される。そして、国際性を持った人材を輩出できる環境を整えることを使命とする。コーチング学の国際化はスポーツ界全体の発展と交流を促進する重要な要素であると考えられる。世界水準のコーチング学研究や指導実践の視野を広げるためには、多様な文化や背景を理解しつつ、海外のスポーツ発展普及施策を踏まえる必要がある。そこで、スポーツ先進国のコーチング情報をいくつか共有する。

 

 

アメリカ合衆国(United States Center for Coaching Excellence): 幅広いスポーツプログラムが展開され、コーチング教育や資格制度が整備されている。また、技術的な面だけでなく、リーダーシップやコミュニケーションスキルなど、総合的なコーチング能力を重視する傾向がある。ユーススポーツにおける標準的コーチングを不可欠として、図1のような構造を示している。

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図1 米国ユーススポーツ戦略(USCCE,2021より筆者作図)ユースの育成を戦略的に考えることは、少子化の進む日本スポーツ界およびコーチング学研究のターゲットとして、大いに参考になる。

 

 

オーストラリア(Australia's HighPerformance Sport System): コーチングの教育と研究に重点が置かれ、コーチングの資格プログラムやコーチングスキルの向上を支援する取り組みが行われている。また、科学的なアプローチやデータ分析を活用したコーチングが盛んであり、パフォーマンス向上に寄与している。2032年にブリスベンで五輪を控え、大規模な連携による強化が計画されている。連携の規模が大きくなるとビジョン、スローガン、ミッションの明確化、価値観の共有の必要性が増すことが伺える。2022年に全豪ハイパフォーマンス戦略として、未来を見通した10年プランを打ち出た。

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図2 豪国ハイパフォーマンス戦略(AHPSS, 2022より筆者作図)


 

イギリス(UK Sport):2021-2031英国スポーツの戦略計画
 コーチング教育や資格制度が充実しており、コーチングのプロフェッショナリズムを高める取り組みが行われている。また、コーチングの研究とイノベーションにも力を入れており、新たなアプローチやトレーニングメソッドの開発に取り組んでいる。
スポーツのイギリス代表は、国民保健サービスや軍隊と並んで人々が英国人であることを誇りに思うものの上位に挙げられる。
スローガン:スポーツの成功を促進し、国民生活に前向きな影響を与える。
ミッション:スポーツの素晴らしい瞬間が続く最高の10年を創出する。国民に感動を届け,団結を促す。
野   望:勝ち続け、さらに勝つ。スポーツシステムの豊かな成長。国民や社会にポジティブな変化を与える。
これらを受けて、UKCoachingは、コーチの内なる学びのフレームワークを2022年に策定した。長期的で人を中心に焦点を当てた。ニュージーランドのAthletes-centered(2010)から日本のPlayers-centered(2019)は楽しむためのスポーツも包含し,さらにイギリスのPerson-centeredは学校や草の根レベル、コーチまでも含む概念へと深化・広範化していることが伺われる。図3のようなテーマがフレームワークとして設定された。また、ヘッドコーチのためのリーダーシップやマネジメントを探求するLeading to Perform 、メダル獲得に近いトップコーチを対象としたCoachingin High-Performance Sport (CiHPS)などのプログラムも用意された。

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図3 英国スポーツ戦略(UK Sports, 2021より筆者作図)

指導者が、単にスポーツに留まらず、平等、多様性、包括性を意識して、国民や社会に活力を与えることなどの広い視野を持つことが成功の要素と考えられる。また、コーチング学研究が指導者の学びとインタラクティブに展開されることで、エビデンスベースドな事実の共有のみならず、新たなチャレンジへのヒントも共有できるものと期待できる。


日本(日本スポーツ協会):スポーツ宣言日本2011
 我が国のスポーツは100周年を迎え、さらなる100年の発展を願う志が表明された。スポーツのミッションを3つのグローバルな課題に集約した:1)運動の喜びを分かち合い、感動を共有し、人々のつながりを深める。2)身体活動の喜びに根ざし、個々人の身体的諸能力を自在に活用する楽しみを広げ深める。3)スポーツは、その基本的な価値を、自己の尊厳を相手の尊重に委ねるフェアプレーに負う。これらは、多くの社会課題や進むべき方向を示している。2019年には指導者養成のシステム改革が図られ、そのコンセプトは「プレーヤーズセンタード」とされた。これは、プレーヤーを取り巻くアントラージュ自身も、それぞれのWell-being(良好・幸福な状態)を目指しながら、プレーヤーをサポートしていくという考え方(伊藤, 2018)である。これにより、確実にコーチの視野を広げ、文化的に前進した。
また、日本サッカー協会(2022)は2050年までに世界の頂点を目指す道筋としてJapan’s wayを発信した。先進国をプロファイルし、ナショナル・アイデンティティ、国内競争力、みんなのサッカーの浸透などの重要性を挙げた。双峰性のフットボールカルチャー創造図は、国際的な視野を持った構造的計画である。

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図4 Japan’s wayにおけるフットボールカルチャーの創造(日本サッカー協会 2022)

 

 

 以上のことから、コーチングの国際化は、単に競技力向上に限らず、国民や社会にポジティブな影響を及ぼすことを目指すことによって達成されると推察される。また、スポーツ統括団体からビジョンやミッションを提示し、インパクトのあるフレーズやマインドマップ化などにより、競技種目横断的にコンセンサスを得るトップダウンの流れと各競技団体によるロードマップ作成のボトムアップの流れのハイブリッドの状態で、フレームワークを作成するのが国際水準の展開であると読み取れる。
 コーチング学研究の未来は、コーチングが何を目指し、何を使命に、何を実践するのかを構造的に研究対象とすべきである。観察研究のみならず、仮説検証研究、事例研究を組み合わせ、スポーツ実践に総合知を提供することで、国際水準の研究となる。「見えないけれどある、それ」を理解できる新たな価値創造ができるのではないだろうか。

 

 

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野村 照夫(のむら てるお)博士(学術)

京都工芸繊維大学基盤科学系教授、1997年「日本水泳・水中運動学会」を立ち上げ、現在会長を務める。日本スポーツ協会公認スポーツ指導者水泳コーチ4マスターおよびコーチデベロッパー、日本水泳連盟参与および競技力向上コーチ委員。InternationalCouncil of Biomechanics and Medicine in Swimming.Researchmap