これからのコーチング学とAIの関係について ~ツールからパートナーへ~

日本コーチング学会理事・学会大会委員会
梶山 俊仁

· コーチング学にのぞむ,AI,タギング

 

AI(人工知能)の目覚ましい進化は、私たちの生活に様々な影響を及ぼすであろうという議論をもたらしています。AIが人類の知能を超える転換点、所謂「シンギュラリティ(特異点)」と呼ばれる日がくれば、これまでツールとして用いられていたAIの役割が一変して、AIはツールでなく、もはや人間のパートナーとして位置づく日が来るかもしれません。これからのコーチング学とAIの関係について、想像してみました。

 「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC」における侍ジャパンの優勝、「FIBA Basketball world cup 2023」におけるアカツキジャパンのパリ五輪の出場権獲得をはじめとして、近年、球技においても日本代表が目覚ましい活躍を見せています。ご承知の通り、球技に限らずゲームパフォーマンス分析は専門ソフトを用いて、ゲーム映像中のイベントに直接、評価等を書き込むことで行われます。イベントとは、現在「Rugby World Cup 2023」 で盛り上がっているラグビーを例にすると、ランニング(ボールキャリー)、パス、キック、タックル等の個人プレー、およびスクラム、ラインアウト、キックオフ、ドロップアウト、モール・ラック等の集団プレーの1つ1つをイベントと呼称します。現在、ゲーム中のイベントから適切に必要なイベントだけを抜き取る手続き、即ち正確にイベントを認知して、イベント開始と終了の目印をつける作業「タギング」を熟練アナリストが、熟練の技(人間の眼)を駆使して行っています。タギングが難しいイベントの代表的な例として、スクラム、モール・ラック等の複数のプレイヤーが密集した集団プレーの場面を挙げることができます。しかし、近い将来AIの進化により、判別が難しい集団プレーのタギングもAIが代替すると思われます。それはタギングとは映像から必要な情報を認識して抜き取る作業であり、映像(画像)や音声を認識することは、AIが人間より得意なことの1つと言われているからです。


 指導現場でツールとしてのAIを効果的に活用してタギングを代替できれば、コーチやアナリストは未だ熟練の技(人間の眼)でしかできない、どこにゲーム中の「勝負の肝」が存在したか等の検証に十分な時間を遣うことができ、更に自身のコーチングの勘や判断が正しかったか、改善の余地があるか等の振り返り(省察)が非常に容易となることが考えられます。またコーチやアナリストと同じく、レフリーもAIの恩恵を受けることが期待されます。ルールが複雑化し、プレーのスピード化が加速する中、プレー全てのイエスorノー、インorアウトを正確に見定める行為もAI は人間より得意とします。この場合もツールとしてAIを効果的に活用して、AIに任せることができれば、レフリーは公正にアドバンテージ・ルールを適用し、四角四面(単に競技規則上だけ)の不必要に吹かれる笛を排除し、ゲームに「流れ」や「勢い」(モメンタム;momentum)を与えることで、円滑なゲームの進行が容易となります。更にレフリーは自らの笛により、時にはゲームキャプテンと話し合うことにより、プレイヤーと共同して良いゲームを創り上げるという、レフリー本来の任務に専念することができます。

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 一方、ゲームパフォーマンス分析においても、例えば既にワークレート分析により、明らかとなっているGPSほかを用いた練習中、及びゲーム中に測定された走行データや生理的、物理的な運動強度の指標とイベントを詳細に同期(紐付け)することが可能となります。これにより、観察者の視点からの理論知の研究が加速することで、複雑な球技における個々のプレイヤーやチームの動きが解明されることが予測されます。

 今日のAIの意識の発達段階を仏教の五蘊(ごうん)「色蘊(しきうん)・受蘊(じゅうん)・想蘊(そううん)・行蘊(ぎょううん)・識蘊(しきうん)」の五段階で考えた場合、AIは生まれた乳児が掌を盛んに表裏に動かし、何も考えずに??じっと眺め、指をしゃぶる、人間の最初の色蘊(しきうん)の状態だそうです1)

 
 ところで、AIが自意識(自我)や感情を持ち、AIが人類の知能を超える転換点、所謂「シンギュラリティ(特異点)」と呼ばれる日がくれば、状況は大きく変化するかもしれません。しかし、その場合においても、むしろ、その日が到来したときこそ、人間はAIに対して、良いゲームを創り上げる過程での「良さ」「公正さ」「正しさ」「美しさ」「人間らしさ」「流れ」「勢い」等の価値観、意味や意義をAIにコーチングする必要があると考えます。この場合、永らくコーチング学で研究されてきた主観的なプレイヤーやレフリーの視点からの実践知を正にAIへのコーチング「AIへの教育」に活用することができると考えています。

 令和のスポーツにおけるAIの活用は道半ばですが、一方で今後AIがスポーツの重要なパートナーになることは疑う余地がありません。但し、AIを活用するために、AIを育てること、即ちAIをコーチングするのは我々人間であることを忘れずに、これからのコーチング学をAIと手を携えて創造したいと願っています。

1)村上憲郎「AIは自己意識を持てるのか?テクノロジーの進化と人間の「幸せ」の在り方」
https://institute.dentsu.com/articles/212/(2023年9月7日閲覧)

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梶山 俊仁(かじやま としひと )
朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科教授博士(教育学)、日本スポーツ協会公認ラグビーフットボールA級コーチ、日本スポーツ協会公認コーチデベロッパー、清流の国ジュニアアスリート育成プロジェクト委員(岐阜県)