スポーツにおけるコーチの役目のひとつに、選手を目標達成へと導くということがある。そのためにコーチは、選手の競技力をいかにして高めるかを日々考え、選手と共に時を過ごす。スポーツの世界には厳しい現実が待ち受けており、すべての選手が思うような成果を挙げられるわけではない。しかしその中でも、確実に選手たちを目標達成へ導く敏腕なコーチがいる。そのコーチたちがもつ力とは一体何なのだろうか。
私の専門は体操競技である。幼少期から現在に至るまでどっぷりとこの世界に浸かってつかって生きてきた。特にコーチになってからは、初心者から世界チャンピオンまでさまざまな選手と出会い、貴重な経験をさせてもらってきた。そのような経験からあらためて思うことは、「コーチングはやっぱり難しい」ということである。どれだけ経験を積んでも現場のコーチとしてまだまだ至らぬ点ばかりが自身の身を突き刺してくる。そのような中、日本には確実に選手たちを目標達成へと導く素晴らしい指導力をもつコーチたちがいる。そのコーチたちの手にかかると選手たちはまるで“魔法”にかかったかのように強くなっていく。その“魔法”の源になるコーチの能力は一体何なのだろうか。
ここでの“敏腕”コーチとは、競技向きの素質をある程度備えた選手に出会うと、必ずその選手を一定のレベルに育てることのできる、ジュニア選手を指導するコーチたちを指す。 体操競技は、競技活動の早期専門化を特徴とするスポーツの代表格である。この特性は、体操競技の技の運動特性と評定スポーツという競技特性が関連している。詳細については別稿に譲るが、体操競技の場合(得に女子選手)、シニア年齢に達した時に高い競技力を有するためには、神経型が発達段階にあり、身体が小さくて軽い時に、できるだけ多くの技術の「素」を身につけ、体操競技の競技会独特の緊張感を経験することが必要なのである。とすると、ジュニア選手がこれらのことを実践するには、コーチの存在が不可欠である。そして、そのコーチは体操競技の特性を熟知していることはもとより、“子ども”という特殊な存在に対して指導する能力が必要である。
スポーツの技術指導において、コーチにとってまず重要なことは選手自身が目標とする動きをどのようにとらえているのかということを知ることである。そのためにコーチは、選手の動きに伴う感覚を移入的に観察し、さらには選手から「何をしようとしているのか」「どうやってやっているのか」「やってみてどうだったか」などを聞き出して、選手の感覚世界の理解しようとする。そしてここでの選手との情報交換が適切であればあるほど、その後の指導は円滑に進む。しかし、ジュニア選手の場合、運動経験が少ないため自分がどうなっているかをわかっていないことが多く、語彙力も高くはないため自身が感じていることを言語化するのは難しい。つまり、選手から情報を引き出すの至難の業である。しかし、ここでの“敏腕”コーチたちは、そのようなジュニア選手に技を教え、試合で演技を成功させることができる。その場面を目の当たりにすると、そこではむしろコーチが選手の感覚世界に移入するのではなく、選手をコーチ自身の感覚世界に取り込んでしまっているようにも見える。もちろん、このような選手とコーチの関係はずっとは続くわけではなく、選手の将来を考えると良いことばかりではないことも承知している。また、私自身が大学生を指導する立場で必要かどうかも別である。しかし、コーチの役目の一義を選手の目標達成とするならば、そういった力に憧れるのは理解してもらえるのではないだろうか。同じやり方でなくても、“敏腕”コーチのように自分も選手に“魔法”をかけられるようになりたいのである。
なんとかこの「魔法」のなぞを解明したいと思う今日この頃である。
金谷麻理子(かなやまりこ)
筑波大学体育系准教授、博士(体育スポーツ学)、筑波大学体操競技部女子監督、日本スポーツ協会公認体操競技コーチ3、日本体育・スポーツ・健康学会理事、日本体操協会体操女子ナショナル強化本部員