スポーツの未来はコーチング学が

創る

日本コーチング学会理事/研究推進委員会委員長
山田 永子

· コーチング学にのぞむ,国際化

 私は、筑波大学の女子ハンドボール部の指導をする傍ら、2011年から国際ハンドボール連盟(IHF)の指導委員会の講師として活動している。第一子の出産後、IHF指導委員会の活動は育休期間としていたが、そろそろ復帰のタイミングかなと思い立ち、2023年にその活動を再開した。私がIHF指導委員会として活動しているきっかけとしては、日本代表チームの活動期間にデンマーク遠征でチームサポートをしてくれたアランルンドさんが、当時のIHF指導委員会が始めたプロジェクトの取りまとめをしていたことが挙げられる。IHF指導委員の女性比率を増やしたい、そしてヨーロッパ圏外からも人材が欲しいと思っていたところに、私はちょうどよかったのだと思う。IHF指導委員会の活動を行っていると、コーチング学がスポーツに対して果たす役割の大きさを非常に感じるようになったので、それらについて述べたい。

 IHF指導委員会および審判委員会は、ハンドボールの世界的な普及・発展のために、以下について連携・協働して担っていると考えている。

  1. ハンドボールの新興国、発展途上国が出場できる国際大会の運営とそこでの教育プログラムの実施
  2. IHF指導者ライセンスの改正と普及
  3. 世界トップレベルのゲーム様相の分析評価
  4. 世界的な競技規則の共通理解促進

 特に3と4について詳細に紹介したい。

 現行の競技規則によってハンドボールのゲームにおける公平性、明瞭性、安全性が担保されているのか、他の種目との差別化ができているのか、すなわち魅力的でよいイメージのスポーツになっているのかどうかについて、世界トップレベルのゲーム様相を分析・評価することによって検証されている。近年の傾向としては、ゲームの高速化および戦術の複雑化に伴って、ボール保持中の歩数超過、着地してからのシュート、選手のプロボケーション(審判の判定ミスを誘うアクション)とオーバーリアクションが増えてきていることから、審判はこれらを高い精度で判定することが求められている。しかしながら、このような審判に対する要求の向上は、審判のみで解決することはできない。

 そのため、試合前には、IHF指導委員会および審判委員会によって審判およびオフィシャルに対する教育プログラムが行われている。そこでは、競技規則の解釈、ゲーム状況の見方、試合をコントロールするためのポジショニングやコミュニケーションの仕方が指導された上で、予想される試合の展開、チームの戦術、注意を向けるべきキープレーヤーなどの情報が共有されている。審判はあらかじめ予測されるチーム・グループの戦術、意識を向けるべきキープレーヤーを把握した上で試合に臨むのである。その様子は、まさに試合前のチームミーティングのようである。 

 

 

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 さらに、審判に対するサポートおよび観客のルールに対する理解を深めるため、VR(Video Review)システムが導入され、審判は判定をする前にビデオ映像を確認することができるようになった。その運用開始後、大会においてVRが利用されたのは1試合にほぼ1回、所用時間は平均72秒であり、VRはゲームの流れを乱してはいないという検証結果が審判委員会から報告されている。そういった知見は、審判にとってVRを躊躇なく利用できる一助となっている。また、競技規則の解釈を促すため、専用のアプリケーションを用いて、動画に解説を加えること、万人が理解できるよう明文化することなどが試行錯誤されている。審判のみならず、コーチ、選手、観客、メディアが利用しやすい、理解しやすい競技規則とその解釈本を作ることが目指されている。

 

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 このように、指導者は普及・強化を支える人の教育、よりよいハンドボールになっているかを検証する分析評価などを担っている、すなわちスポーツの未来は指導者の肩にかかっていると言っても過言ではない。コーチング学に求められるものは、指導者の活動を支える、スポーツをよりよくするためのエビデンスベースの知見を生み出していくことであると考えている。様々な立場の指導者が様々な観点からスポーツを分析・評価し、それらの結果をもとに協議や実践を重ねて、受け継いだスポーツをよりよいものにして後世に引き継いていく。その営みに少しでも貢献するような研究を重ねていくことは、とてもやりがいがあると感じている。

 

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山田 永子(やまだえいこ)

筑波大学体育系准教授、博士(コーチング学)、筑波大学女子ハンドボール部監督、日本スポーツ協会公認ハンドボールコーチ4、国際ハンドボール連盟指導委員会メンバー